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Home 御書研鑚 御書と師弟 第23回 三世の勝利劇(下)
第23回 三世の勝利劇(下) 印刷 Eメール
2009年 8月 18日(火曜日) 00:00
未来へ! 偉大な共戦譜を

御聖訓 「過去の宿縁追い来って
今度(こんど)日蓮が弟子と成り給うか
釈迦多宝こそ御存知候らめ
「在在諸仏土常与師倶生」
よも虚事候はじ
(生死一大事血脈抄、御書1338ページ)

「きょうはすごい功徳を話すことにする」── ある時、戸田先生は切り出されました。
「我々はこの世に生命を受けて生きているが、決して今世だけの生命ではない。過去、現在、来世にわたって、三世に仏の大生命を体得するのである」
我ら凡夫が三世にわたって常楽我浄(じょうらくがじょう)の幸福境涯を会得できる。そのための信心であり、師弟の道なのであります。
きょう八月十四日は、昭和二十七年(一九五二年)、私が愛する関西への第一歩を印した日であります。
縁深き大関西、そして東京、神奈川の友をはじめ、全国の同志は今、大聖人の仰せのままに「立正安国」の対話を広げ、「広宣流布」の拡大に挑戦してくださっている。その尊き同志の健康・長寿とご多幸、そして栄光勝利を、私は祈りに祈っています。生命の次元で、私と皆様は永遠に一体不二であります。
また、お盆に当たり、私は亡くなられた全同志の方々に、追善回向のお題目を送らせていただいております。
仏法の三世の生命観に照らすならば、広布の途上に逝いた同志も「寂光の往生を遂げ須臾(しゅゆ)の間に」(御書574ページ)と仰せの如く、元初の生命力を漲(みなぎ)らせて、すぐに妙法流布の陣列に戻って来られることは絶対に間違いありません。
広宣流布のため、信心の上での苦労は、未来永遠の自身の大勝利と、一家一族の大福運に直結しています。

「君の師匠は僕だ」

青春の誓いそれは、昭和二十五年(一九五〇年)の八月の二十四日。私の入信三周年の日でした。戸田先生の事業が破綻をきたし、先生は一切の責任を担われ、学会の理事長職を辞任することを発表されたのです。
しかし、理事長が誰になろうとも、私の師匠は戸田先生以外におられませんでした。
「先生! 私の師匠は・・・」。こう申し上げる私に、先生は「苦労ばかりかけるけれども、君の師匠は僕だよ」と、涙を浮かべて応えてくださいました。
この一言に勇気百倍して、私はますます畏(おそ)れなく、師をお護りする戦いに打って出たのです。胸を患い、痩せ細っていた体から、鋼の如き一念で師子奮迅之力(ししふんじんしりき)を湧き立たせました。そして先生を、学会を、阿修羅の如く護り抜いたのです。
当時、私は日記に綴りました。
「私は再び、次の建設に、先生と共に進む。唯これだけだ。前へ、前へ、永遠に前へ」
「歓喜で働ける日、苦しみながら戦う日、様々だ。だが、これ程、真剣に戦えば、絶対に悔いはない。倒れても、誰人も見ていなくとも。御本尊様のみ。すべてを解決して下さる」
その絶対の誠心を一首の和歌に託し、先生に捧げました。

古の
奇(く)しき縁に
仕えしを
人は変れど
われは変らじ

恩師の不二の分身として、私は戦いました。そして勝って、師の正義と真実を、満天下に示してきたのです。

「平和」とは不惜の大闘争

終戦の日に寄せて

あす八月十五日は、六十四回目の終戦記念日です。私は妻と共に、戦争で亡くなられた日本、アジア、そして全世界のすべての方々のご冥福を心より祈っております。
終戦二年目の夏、国が亡んだ日本で、十九歳の私は、戸田先生にお会いしました。
師と弟子は、広宣流布という人類未聞の“無血革命”“平和闘争”に、敢然と立ち上がりました。
そして今日、創価の平和・文化・教育の大河は、世界百九十二力国・地域に燦然と広がっています。
「古の奇しき縁」に目覚めた弟子は、あらゆる迫害の烈風を乗り越え、全同志と共に、この地球上に平和と人道の大潮流を創り起こしたのです。
創価大学でも教鞭を執られた経済学者の故・大熊信行博士は、戦後日本の民主主義・平和主義のあるべき姿について、警鐘をこめて鋭く論じておられました。
日本と世界に永続的な平和を建設するためには、「死をおそれぬ平和主義者の出現を必要とするように思われる」
「人類を破滅からすくうためには、そのために命をささげて悔いない覚悟が、だれかれの胸中に生まれてくることが必要である」と。
「平和」とは、観念の遊戯ではない。また、保身や宣伝のための掛け声でもありません。
「不惜身命」の精神で、民衆の幸福のため、自らは犠牲となって戦う覚悟なくして、真の平和社会は創り出せません。
指導者自身がいかなる哲学を持つか。その生命観・生死観・民衆観が、浅薄であれば、どんなに美辞麗句を並べても、社会を誤った方向へ向かわせてしまう。それが歴史の教訓です。
小説『人間革命』の冒頭に、私は綴りました。
「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」。そして「愚かな指導者たちに、ひきいられた国民もまた、まことにあわれである」と。
三世永遠の甚深の生命観に立脚した仏法こそ、二十一世紀の人類を平和ヘリードしゆく最高の指導理念であります。
初代・牧口先生、二代・戸田先生の師弟は、軍部権力の弾圧で投獄されました。牧口先生は獄中で殉教であります。お二人の命を継いだ私も、無実の罪で獄中闘争・法廷闘争に挑みました。そして巌窟王の決心で、厳然と打ち勝ってきたのです。
戸田先生はや最も苦境の中で、私に言われました。
「大作、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだ。私と君とが使命に生きるならば、きっと大聖人の御遺命も達成する時が来るだろう」
今度は、わが宿縁深き青年たちが、この三代の「師弟不二」にして「生死不二」の平和闘争を断固として受け継ぎ、人類の悲願を実現してくれることを、私は固く信じています。
八月十四日は「伸一会の日」でもある。後継の伸一たちよ、不二の弟子と立て! 絶対勝利の将の将たれ! これが「師弟の契約」です。
私の友人である、モスクワ大学のサドーヴニチィ総長が語ってくださいました。
「私は、三代にわたって大きく展開されてきた”創価の理念”が、地球上の多くの人々の心の中へと広がり、万年にわたって輝き続けることを念願しています」

「当(まさ)に前進(すす)むべし」

さあ、平和の仏国土を建設しゆく我らの聖業は、いよいよこれからが本番であります。
法華経で「在在諸仏土常与師倶生」と説いた釈尊は、弟子たちに呼びかけました。
「汝等(なんだち)は当に前進むべし」
「当に大精進を発(おこ)すべし」
前進せよ! 大いに精進せよ! その人こそが「師弟不二」である。これが仏の遺命です。
非暴力の英雄ガンジーの高弟バジャージは叫んでいる。
「私は、幸せである。恐れなど、何もない。私にあるのは、ただ一つの願いだけである。それは、師とともに戦うという、この至福の喜びを楽しむことだ」と。
戦おう! 私と一緒に勝ち進もう! 全員が十九歳の青年の心意気で、“創価の師弟ここにあり”と、未来永遠に痛快な勝利劇を綴りゆこうではないか!

新世紀
胸張り進まむ
師弟不二
断固と勝ち抜き
歴史ぞ残さむ

(聖教新聞 2009.08.14より)
最終更新 2009年 8月 18日(火曜日) 12:00
 

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