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Home 御書研鑚 御書と師弟 第10回 法華経の兵法(下)
第10回 法華経の兵法(下) 印刷 Eメール
2009年 9月 06日(日曜日) 00:00
信心の随喜の万波を起こせ

御聖訓 なにの兵法よりも
法華経の兵法をもちひ給うべし
「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言
むなしかるべからず
(四条金吾殿御返事、1192ページ)

正義の将軍学〟を若き命に
私は若き日より、師弟相伝の「法華経の兵法」を生命に刻み、あらゆる激戦に挑んできました。
なかでも昭和三十一年(一九五六年)の「大阪の戦い」は、誰もが「絶対に勝てない」と思っていた。しかし、私は「断じて勝つ」と一念を定めていました。勝利こそ、師から託された使命だからです。
戦いに臨む年頭、唱題に唱題を重ねる私の胸中に、鮮烈な思念が浮かびました。
「法華経とは将軍学なり」
御本尊と、師弟不二の信心に一切がかかっている。いかなる時代、いかなる事態に遭遇しようと、妙法の指導者の資格は、「法華経の兵法」を将軍学とするかしないかにあるのだ──と。
私は関西の友に、勝利の要諦は第一に最高の祈り、第二に最高の作戦と最高の行動である、と語りました。
そして、この「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192ページ)の御聖訓を拝して訴えたのです。
「どんな作戦、行動よりも法華経の兵法、つまり信心から出た作戦、行動を用いる以外にない。それが最高の作戦であり、最高の行動となるということです。右往左往する必要はありません」
戸田先生の元を離れて執る指揮です。その状況のなかで、何をもって前進の原動力とすればいいのか──。私は関西の同志とともに、毎朝、御書を拝し始めました。
この御書講義が、全軍の息吹となり、爆発的な「随喜の万波」となって、日本中を驚嘆させる関西の大勝利が成し遂げられていったのです。

人間を主役に!──法華経は大逆転の劇
十界の衆生が歓喜

法華経は、一切衆生の成仏を説き明かした最高の経典です。あらゆる境涯の衆生に、仏と同じ大生命が厳然と具わっていることを教え、その仏性を開く道を説いています。
法華経の会座には、それまで成仏はできないと言われていた女性たちも一堂に会しました。さらに、さまざまな境涯の人たち、すなわち十界の衆生が喜々として連なりました。
この会座に集い来った人々が、〝こんなことは、未だかつてなかった!〟と歓喜踊躍するなかで、万人成仏の道が燦然と開かれていくのです。
いわば、法華経の会座自体が、それまでの常識を力強く打ち破る逆転のドラマとなっている。
あらゆる人々が、仏の偉大な人格にふれ、仏の深遠な教えを聞いて、生命の奥底から無限の力と可能性を湧き上がらせていく。いわば、万波と広がる「人間革命」の大叙事詩──こが法華経なのです。
この法華経の兵法を「将軍学」とすることは、現実社会のまっただ中で、すべての人々の心を揺さぶり、自身の命からも、相手の命からも「仏性」、すなわち幸福・勝利をつかむ絶対無限のエネルギーを引き出していくことにほかなりません。
苦悩の淵に沈む人。
差別されてきた人。
虐げられてきた人。
誠実に生き抜く人。
こうした人々をこそ、全身全霊で励まし、生きる力を送り、最強の仏の境涯を開かせゆくのが法華経です。日蓮仏法であります。

庶民の心の中ヘ!

世界的な仏教研究者である、ロケッシュ・チャンドラ博士が語っておられました。
「釈尊は、人間を世界の中心に位置づけた、人類の精神の先駆者である」と。
あらゆる人間を最高に輝かせ強く賢くするのが、仏法の将軍学です。
庶民の心の中に飛び込んで、「ともに幸福になろう!」「ともに勝とう!」という渾身の励ましを送る。そして、偏見や旧習の壁を打ち破って、民衆の栄光を勝ち開く。これが「法華経の兵法」であります。
戸田先生に初めてお会いした六十二年前。私自身、戦争で兄を亡くし、家を焼かれ、病魔に侵されていました。それまで信じていた価値観が崩れ去り、誰もが深い精神の闇に沈んでいた時代です。
先生は、十九歳の私をご覧になり、暗雲に包まれた私の心を瞬時に変えてくださいました。
「一家のことを、一国のことを、さらに動乱の世界を考えた時、私は、この世から、一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!」
私の体中に電撃が走りました。これほど明快に、人生と社会の正道を示してくださる指導者はいませんでした。私は「この人ならついていける」と直感しました。いな、心から魅了されたのであります。

「善の力を組織化」

戸田先生は、希有の大師匠であられました。また、本当に鋭い人間学の大家であられた。どんな人に会っても、たちまち相手の生命の奥底まで見抜かれるのが常でした。
先生は、まるで精密機械のように、その人の生命の癖を正確に喝破されたのです。
「歩き方、肩の怒らし方、また声で、その人がわかるものだ。ドアの開け方ひとつで、その人の悩みがわかるものだ」と、鋭く話されたこともあります。
特に、嘘やごまかしを言う人間には、本当に厳しかった。
「あの男の心には二心(にしん)がある」「これは嘘だ」「この話は、うますぎる」と。
私は、その偉大な先生から、破邪顕正の将軍学を教わりました。先生の「法華経の兵法」を、わが生命に徹底的に叩き込んでいただいたのであります。
アメリカ公民権運動の指導者・キング博士の盟友で、米国のキング記念センターの初代所長を務められたハーディング博士が話されていました。
「希望とは、人間が、よりよき社会を築く可能性を持っていることへの確信です。しかしそれは、一人の人間が単独でできるものではありません。創造のための力を合わせていかねばなりません。キングはいつも語っていました〝善の力を組織化せよ〟と」
「善の力を組織化」──重大な視点です。その最大の力である、仏の大生命力を引き出し、結合し、連帯させゆく運動が、私たちの広宣流布です。「法華経の兵法」です。友に励ましを送る学会の同志こそ、この兵法の偉大な実践者であられます。

御書根本の団結で

私は、大阪の戦いで〝妙法の善の力〟を大拡大すべく、この法華経の将軍学をまっすぐに実行しました。
それこそ、一念に億劫の辛労を尽くす祈りと行動を貫き、人々の心を揺り動かし、一変させていった。そこには、「悪鬼魔民をも味方にする」勢いがありました。
そして、関西中の庶民の心に「我らの力で社会を変えられる!」「必ず幸福の道を開いていける!」という勇気と希望の炎が燃え広がって、「まさかが実現」の金字塔が打ち立てられたのです。
大阪の戦いでは、ほとんどの友が入信まもない〝新会員〟でした。戸田先生から勝利を託された若き闘将の私に、健気なる関西の同志は、ガッチリと心のギアを合わせてくれました。
御書根本──そこにおのずと「最高の団結」「最高の勇気」が生まれ、不可能を可能とする必勝のリズムができ上がったのです。
大聖人は「謀(はかりごと)を帷帳(いちょう)の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり」(御書183ページ)との言葉を引かれています。これは、中国の『史記』に記された名将・張良(ちょうりょう)の故事です。
陣中にいながら、はるか千里の向こうにいる敵に勝つ作戦を立てる──。これが戦乱の世を勝ち抜く王道とされてきました。
我らの兵法は「信心」です。最高の祈り・作戦・行動、そして団結・勇気! すべてを生かし、勝利の方向ヘダイナミックに回転させていく原動力が「法華経の兵法」なのです。
小樽問答、山口広布開拓、夕張炭労事件──戸田先生が今世の指揮を執られた最後の数年間、私は先生と二人であらゆる作戦を立て、一切を圧勝で飾りました。常に先生と私、二人きりの語らいから、「千里の外に」勝利を決する創価の大進軍は始まったのです。

一心不乱の祈りを

我らの信心の次元で言えば、「謀を帷帳の中に回らし」とは、同志が緻密に連携を取り合い、隙のないよう呼吸を合わせていくことです。その根本は、真剣な祈りです。
大阪の戦いの間も、私は関西本部で、戸田先生が願主である「大法興隆所願成就」の御本尊に、深夜、一人で丑寅勤行を続けていました。
誰が知らなくとも、師匠のため、広宣流布のため、一心不乱に祈り抜き、祈り切ることです。誰が見ていなくとも、大聖人が御照覧です。自分自身の仏界が見ています。そこに、諸天善神が必ず動き始めるのです。
そして、「勝つことを千里の外に決せし者なり」とは、勇気と団結の行動です。これほど心強い、絶対の兵法はありません。
御書は、大聖人が遺してくださった人類救済の「法華経の兵法」の指南書です。広宣流布と人生行路の一切の壁を突破しゆく「勝利の経典」であります。
御聖訓を心肝に染め、正しく行じていくならば、わが生涯も「まさかが実現」の大勝の劇で悔いなく勝ち誇っていけることは絶対に間違いない。
本抄を頂いた四条金吾が逆境をはね返し、勝利の実証を示したのも、師匠である大聖人の仰せ通りに「苦楽ともに思い合せて」題目を唱え抜いたからです。そして聡明に身を律し、勇気で戦い切ったからにほかならない。師匠の深き一念に心を合わせて戦えば、勝でない戦などありません。
「創価の師弟に一生を賭けてごらん。後悔は絶対にない。勝利の笑顔で、この人生を必ず飾っていけるよ」
戸田先生の大確信です。

君よ青年室長たれ

私は、恩師から学んだ「法華経の兵法」で戦ってきました。法華経の兵法は、通途(つうず)の兵法と比較にならぬほど優れている。いな、その根底においては、孫子の兵法なども、法華経の兵法から来ているのです。
この「法華経の兵法」は真剣勝負で戦わなければ相伝できません。真剣勝負で師匠に続かなければ継承できない「広宣流布の相伝」であります。
若き日以来、私はすべての戦いを「先手必勝」「電光石火」の指揮で勝ってきました。「先んずれば人を制す」──言葉は簡単ですが、勝敗を決する大事な一点です。
あの小樽問答の勝利を喜ばれて、戸田先生は言われました。
「敵が攻めかかってきたが、守勢に回らないで、攻勢に転じて、先手先手と攻め抜いたから勝ったのだ。攻めることが肝心なのだ」
戦いが後手に回った場合、手間が二倍かかり、効果は少ない。先手を打つならば、皆も元気に進んでいけるし、効果は二倍になる。わずかな差でも、効果・影響はまったく違ってきます。スピードが勝負です。
法華経は、勇猛果敢にすべてに勝ちゆく法則です。
ともあれ、師弟不二の闘魂を燃え上がらせ、異体同心のスクラムで前進するならば、いかなる障魔が競い起ころうとも「『諸余怨敵・皆悉摧滅』の金言むなしかるべからず」(御書1193ページ)であります。
我らは妙法の革命児です。学会は学会らしく、鍛錬し抜いた生命力で進んでいくのです。
「師子王の心」で勝つのです。
なかんずく、広布第二幕の勝利を決する青年部の諸君に、私は万感の思いで叫びたい。
君よ、今こそ「法華経の兵法」で立ち上がれ! 不惜の精神で戦おうではないか! 一人一人が、私の分身の青年室長となって、痛快に勝ちまくれ!

法華経に
勝る兵法
これ無しと
縦横無尽に
勝ちゆく人たれ

(聖教新聞 2009.03.20より)
最終更新 2009年 9月 06日(日曜日) 06:58
 

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