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Home 名字の言 〝哲学性〟と〝庶民性〟
〝哲学性〟と〝庶民性〟 印刷 Eメール
2010年 4月 19日(月曜日) 08:46
若き日、カントは知識欲に燃えていた。学ぶほどに喜びを覚え、真理の探究に邁進する自分を誇らかに感じていた▼その自信を粉々に砕いたのは、ルソーの教育小説『エミール』であったという。カントは正直に綴っている。「(私は)何も知らない俗衆を軽蔑していた時代があった。ルソーが私を正道に戻してくれた。この優越の欺きは消え、私は人間を尊敬することを学ぶ」(久保光志訳)と▼思弁にふけるあまり、善行を忘れてはならぬ、との戒めも。大哲学者にして、この謙虚な反省あり。否、自利から利他への、そのような目覚めがあったればこそ、後世に輝く偉業を残しえたのであろう ▼法華経に説かれる不軽菩薩も、人々を礼拝する修行に励んだ。いかに「人間」を、尊敬できるか。洋の東西を問わず、それが人類史の根本課題に違いない▼「民衆のために」「民衆とともに」「民衆のなかに」――。これらの指標を掲げつつ、池田名誉会長は「ここにこそ、今、あらゆる指導者、そして、すべての学究が立ち返るべき普遍の原点がある」と語った。政治も経済も今一度、この原点をしっかり踏まえるべきであろう▼たぐいまれな〝哲学性〟と〝庶民性〟を併せ持った、私たちの創価の人間運動の使命は重い。(栄)
聖教新聞 2010-04-14 より
 

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