| SGI代表協議会での池田SGI会長のスピーチ(下) |
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| 2009年 7月 14日(火曜日) 13:51 |
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勇気! 負けじ魂で勝て
「生も歓喜」「死も歓喜」=妙法の幸福は永遠 ―― 「創価の人間主義」こそ21世紀の柱 一、頼もしきアメリカ青年部の皆さんが、先ほど、今年の5月3日「創価学会の日」を目指して広宣流布の新たな前進を開始する決意を、力強く語られた。 私は、皆さんの真心がうれしい。勇気を讃えたい。そして勝利を祈っています! また、ブラジル青年部の皆さんは愛唱歌「希望の歌」を歌ってくださった。本当にありがとう!〈歌詞を15日付3面で紹介〉 「忍耐」「人々を包む包容力」を 一、世界の青年部の皆さんに、万感の期待を込めて、フランスの文豪ユゴーの言葉を贈りたい。 「勇気だ。諸君、勇気をもちたまえ! 諸君は、未来を担いゆく世代の一員だ。諸君は偉大なことを成し遂げるであろう」 偉大な歴史をつくりあげる原動力。 それは、まず第一に、「勇気」である。 戸田先生は「私たち凡夫が慈悲を出そうとしても、なかなか出るものではない。その慈悲に代わるのは、勇気である」と、よく教えてくださった。 そして、大事なのは、「忍耐」である。 さらに「包容力」がなければならない。喜びの心で、人々を包んでいこう!――そういう人格の大きさがなければ、多くの人をリードしていくことはできないからだ。 愚痴や文句を言いたくなる時もあるだろう。 しかし、「負けない。断じて負けない!」「必ず勝ってみせる!」。 この「負けじ魂」こそが、一切の根本である。 ある時には、負けたような姿になることもあるかもしれない。 憤懣(ふんまん)やるかたない現実に、じっと耐え、時が来るのを待つこともあるにちがいない。 それでも、現実の社会のなかで、聡明に調和をとりながら、味方をつくり、粘り強く、活路を開いていくことだ。 社会即仏法である。社会での振る舞いに、仏法の真髄は光る。 ともあれ、希望をもって進んでいくことだ。 いかなる団体であれ、個人であれ、前へ進めば困難がある。攻撃にあうものだ。それを乗り越え、新たな価値を生み出していく戦い、勝利する戦いが大事である。 何があっても「絶対に負けない」という気持ちで、目の前の苦難を乗り越えたならば、今までの何倍もの喜びが待っている。何倍もの新たな勝ち戦(いくさ)の舞台が開ける。 「仏法は勝負」だ。最後に勝つことだ。それが真の勝利者である。 後継ぎの青年部の皆さん、よろしく頼みます!(大拍手) 精神性の土台を 一、世界広宣流布の先頭――それがアメリカの使命である。 どうか、楽しく、明るく、心広々と進んでいただきたい。 楽しいところ、明るいところに、人は集まる。人類は皆、希望の哲学を求めているからだ。 アメリカのワシントン初代大統領は語った。 「国に繁栄をもたらすあらゆる資質や習性のなかで、宗教と倫理は、なくてはならない土台である」 詩人ホイットマンは、社会を見渡して、「道徳的かつ良心的な筋金(すじがね)」が欠けていると嘆いた。 そして、宗教こそ人に生命の息吹を吹き込むものであり、「民主主義の中核に、最後は、宗教的な要素がある」と述べている(「民主主義の展望」鵜木奎治郎訳)。 しかし、「良心の柱」であるべき宗教的な要素も、今や輝きを失ってしまった。金儲けの道具となり、人々を欺(あざむ)く諸宗教が、社会を混迷させている――そう憂(うれ)える学者もいる。 宗教に対して深い疑いの目を向ける人もいる。 21世紀の柱となるべき宗教は、いったい、どこにあるのか。 生命の絶対の尊厳。 人間の真の平等。 永遠の平和と幸福。 それらを打ち立てる真実の宗教こそ、日蓮大聖人の仏法である。 創価の人間主義こそ、時代をリードする「柱の中の柱」の哲学なのである。その誇りを胸に、晴れ晴れと進んでまいりたい(大拍手)。 最後の最後まで「立正安国」へ! 一、日蓮大聖人は「闘争に次ぐ闘争」の御一生であられた。 晩年は身延(山梨県南巨摩〔こま〕郡)で、諸御抄の御述作と弟子の育成・教化にあたられた。万年の未来のために、完璧な総仕上げをしていかれたのである。 大聖人は、すでに弘安2年(1279年)に、出世の本懐である大御本尊を建立されている。日興上人をはじめ後継の弟子も育ってきていた。 御入滅を前に、大聖人は身延を動かれた。弘安5年(1282年)の9月。御入滅の1ヵ月余り前である。 目指されたのは「ひたち(常陸)のゆ(湯)」(御書1376ページ)。弟子たちの勧めもあり、病気療養(湯治)のためとされている。 しかし、向かう天地は、はるか遠い。山河(さんが)を越えゆく道のりは、病の身には険(けわ)しい。 そこを、あえて旅立たれたのは、なぜであろうか。 日寛(にちかん)上人は、大聖人が身延を出られて池上邸で御入滅されたことは、釈尊の入滅に至る相と同じであり、深い意義があると述べられている。 また、大聖人は、大難と一歩も引かずに戦われ、「今に至るまで軍(いくさ)やむ事なし」(同502ページ)、「然(しかれ)どもいまだこりず候」(同1056ページ)と宣言なされた。 最後の最後まで、世界の平和を築きゆく「立正安国」の戦いを、弟子一同に、身をもって示されたのではないだろうか。 事実、弟子たちが集まりやすい武蔵の国の池上邸(今の東京・大田区)にとどまり、御自ら「立正安国論」の講義をされている。 また、池上邸へ向かう途中でのこと。幕府要人(ようじん)の息子で、天台僧の伊勢法印(いせほういん)が、数十人の仲間や家来を率(ひき)いて、大聖人に法論を挑(いど)んできた。 大聖人は、多くの年配の門弟もいるなかで、若き日目上人を抜擢(ばってき)されて、「問答せよ」と命じられた。 当時、23歳(数え年)の日目上人は、堂々たる論陣を張り、完膚(かんぷ)無きまでに相手を破折し、勝利した。 有名な「池上問答」である。 こうした御振る舞いを拝するとき、大聖人は、あえて身延から旅立たれることで、末法万年へ、烈々(れつれつ)たる「死身弘法(ししんぐほう)」の大闘争の魂を、とどめ残そうとされたのではないか。そのように拝察されてならない。 大聖人は、若き後継の弟子たちを、現実の言論戦のなかで鍛えに鍛え、薫育(くんいく)された。この一点に最後まで力を注がれた。 そして、弟子の晴れやかな勝利の姿に、盤石(ばんじゃく)なる未来を確信されたに違いない。 ともあれ、一生涯、「軍(いくさ)やむ事なし」「然(しかれ)どもいまだこりず候」――これが大聖人門下の魂である。 真実の学会精神である。 「こんな美しい世界があったのか」 一、妙法の力が、どれほど偉大か。広布に生きる人生が、どれほど素晴らしいか。 「妙心尼御前(みょうしんあまごぜん)御返事」には、こう仰せである。 「もしも今、霊山(りょうぜん)にまいられたならば、太陽が昇って、十方(じっぽう)の世界を見晴らすように、うれしく、『早く死んでよかった』と、お喜びになられることでしょう」(同1480ページ、通解) 霊山とは、釈尊が法華経を説いた場所とされるインドの霊鷲山(りょうじゅせん)のことである。そこから、仏国土(ぶっこくど)を意味するようになった。 信心を貫いて亡くなった人は、霊山へ行く。 一般に、死といえば、真っ暗闇の荒涼たるイメージがあるが、そこは、すべてが燦然(さんぜん)と輝いている。 「こんなに美しい、素晴らしいところがあったのか! 早く来られてよかった」――必ずそのようになるから、心配ないですよと大聖人が御約束なのである。 そして、一番充実した人生を送れるところへ、最高に幸福なところへ、また生まれてくる。そう仏法は教えている。 まさに、「生も歓喜」「死も歓喜」の絶対的幸福の軌道(きどう)を歩んでいけるのである。 このことは、ハーバード大学での2度目の講演(「21世紀文明と大乗仏教」)でも言及した。仏法の卓越(たくえつ)した生命観に、多くの学者から感銘の声が寄せられた。 また、霊山について、御義口伝には、「霊山とは御本尊並びに日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住所を説くなり」(同757ページ)と仰せである。末法において私たちが妙法を唱え、仏界をあらわす場所もまた霊山なのである。 常楽我浄(じょうらくがじょう)の福徳 一、さらに、「松野殿御返事」には、こう仰せである。 「退転することなく仏道修行をして、最後の臨終の時を待ってごらんなさい。 『妙覚(みょうかく)の山』に走り登って、目を見開いて四方を見るならば、なんと素晴らしいことであろうか、法界(ほうかい)は寂光土(じゃっこうど)で、瑠璃(るり)をもって地面とし、金の縄をもって八つの道の境界をつくり、天より四種の花が降ってきて、空に音楽が聞こえてくる。 諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられる。 我らも、その数の中に連なって、遊戯(ゆうげ)し楽しむべきことは、もう間近である」(同1386ページ、通解) 妙法を唱え、退転することなく、一生懸命に広布に生き抜き、人生の最後を迎えたならば、どうなるか。 最高の幸福の世界、平和の世界、満足の世界を楽しむ大境涯になると大聖人は断言されている。これが仏法の功徳である。 死後のことはわからないと思うかもしれない。しかし、御本仏の言葉に絶対に嘘はない。そこには、貧富や民族の差別は一切ない。 素晴らしき生命の宝に包まれる。虚栄の富など必要ないのである。 ともあれ、だれ人たりとも、死を免(まぬか)れることはできない。 だからこそ、広宣流布の使命を全うして、子孫末代まで大功徳を与えゆく「勇気ある信心」を貫いていきなさいと教えられているのである。 「報恩の道」が仏法の道 一、大聖人は、同僚等による嫉妬(しっと)の迫害が続いていた四条金吾に対して、強く仰せである。 「世間が過ごしにくいというようなことを、嘆いて、人に聞かせてはなりません。もし、そのようなことをするならば、賢人から、はずれたことになります」(同1173ページ、通解) 嘆いてばかりいても、何の得もない。愚かである。それでは偉大な人間にはなれない。 指導者は、広宣流布のために「為すべきことを為す」ことである。 一、また、大聖人は、「恩を知らない人間となって、後生(ごしょう)に悪道に堕ちられることがかわいそうでならない」(同895ページ、通解)と述べられている。 これは、大聖人が大難にあわれた時に退転した「領家(りょうけ)の尼御前」に対する一節である。 領主の妻であるから、立派な家や財産もあったかもしれない。しかし、不知恩(ふちおん)となり、悪道に堕ちるのは、なんと哀れな者であるか――。 大聖人は、堕地獄(だじごく)から救おうと思われればこそ厳しく仰せである。 「報恩抄」には、「畜生すら恩を知る。いわんや、人間に恩に報いる心がなくてよいだろうか」「仏教を学ぶ者が、どうして父母・師匠・国家社会の恩を忘れることがあってよいだろうか」(同293ページ、通解)と教えられている。 報恩こそ「人間の道」「仏法の道」である。 最高の思い出を 一、真実の楽しみは、どこにあるのか。 有名な「持妙法華問答抄(じみょうほっけもんどうしょう)」の結びには、「どこまでも一心に、南無妙法蓮華経と自分も唱え、人にも勧(すす)めていく。まさにそれだけが、人間界に生まれてきた今世(こんぜ)の思い出となるのである」(同467ページ、通解)と仰せである。 人生、さまざまな思い出がある。何かを手に入れた、何かで脚光(きゃっこう)を浴びた、それが思い出という人もいるかもしれない。 そういうなかでも、あとになればなるほど輝いていく思い出。永遠に消えない幸福の思い出――それが唱題である。折伏である。広宣流布である。 広宣流布へ勇んで行動する人こそ、実像の幸福者である。人間として最高に尊い。伝教大師が述べたように、「国の宝」の人なのである。 一、「青年は人類の希望」とは、私が敬愛してやまない中国の文豪・巴金(ぱきん)先生の言葉である。 本年は「青年・拡大の年」。 それぞれの使命の天地においても、一段と青年を大事にし、総力をあげて青年を育てながら、新たな前進の歴史を築いていただきたい。帰られたら、大切な同志の皆さまに、くれぐれも、よろしくお伝えください。 どうかお元気で! ありがとう! また、お会いしましょう! サンキュー・ソー・マッチ! オブリガード! ダンケ! グラシアス! 謝謝! シー・ユー・アゲイン!(大拍手) (2005.01.09) 2005年1月16日 聖教新聞掲載 |


