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Home 池田名誉会長・随筆 「人生の道」をみつめて 池田名誉会長 トルストイを語る ②
「人生の道」をみつめて 池田名誉会長 トルストイを語る ② 印刷 Eメール
2009年 7月 14日(火曜日) 13:31
生命軽視の文明 偏見に歪んだ社会を正せ
歌おう「人間讃歌」を!!
悪人はすぐ結託する 善人よ団結せよ!


一、よし、文明国を、この目でみてやろう!
若きトルストイは、ヨーロッパに旅をした。
花の都パリを訪れた、28歳のトルストイが目にしたのは「ギロチン」。
ギロチンによる公開の死刑を、彼は真ん前で見た。ひどいショックに、夜も、うなされた。
次はスイスに行った。大道芸人のギター弾きがいて、半時間ほど歌を披露した。優美な歌声にトルストイは感嘆した。
しかし、聴いていた観光客は、施しもしなければ、ありがとうも言わない。それどころか、バカにして笑うだけ。その多くが、イギリス人だった。
トルストイは激怒した。
「最も文明的な国」の人間が、芸術の価値すら、わからないとは!
同じ人間が人間を見くだし、侮辱するなんて、絶対に許せない!
あまりの怒りに、ことのてんまつを10日ほどで一気に小説に書いた。
果たして人間は、本当に進歩しているのか?
人間に対して誠実な感情をもたない、あの傲慢な態度が文明なのか?

人類は道徳的に進歩していない
一、私はトインビー博士との対話を思い出す。
20世紀最大の歴史学者の博士が言われた。
「人類の道徳的行為の平均的な水準は、今日に至るまで向上を示していないのです。したがって、いわゆる文明社会が、いわゆる原始社会よりも道徳的に優れているという根拠は、まったくありません」
博士が、真剣な面もちで、「いまや人類が単一の家族として、ともに生きる道を体得しなければならないことは、きわめて明白です。距離が抹殺され、原子力が兵器に利用されている今日の状況下にあって、人類が集団自殺を免れる道は、それ以外になくなっているからです」と語っておられたことが忘れられない。
一、当時、ロシアでは、農民は「農奴」――「奴隷」とされていた。それでいいのか?
全ロシアを巻き込む大問題だった。
トルストイは、あらゆる問題を、精神の面から考えた。農奴制は「道徳的に」悪い。だから廃止すべきだ――。
地主であった彼は、自ら試行錯誤し、苦心を重ね、政府に先立って「農奴解放」を実行した。
世界には、いたるところに差別があった。偏見が、はびこっていた。トルストイは、すべての人が、人間らしく、人生を謳歌できる社会へ一歩一歩、歩みを進めた。

教育は「宝探し」
一、トルストイは、民衆の中へ飛び込んでいった。人間扱いされなかった農民の子どものための学校を、自宅の中につくり、自ら教壇に立った。教育に関する多くの論文も書いている。
学校は、彼の人生を通じて、断続的だが、続けられていく。
こんなひとコマもあった。
――33歳のトルストイ先生が言う。
「では、だれか諺を題として作文を作ってごらんなさい」
生徒のだれかが、「先生が自分で作ってごらんなさい」
トルストイも負けてはいない。「さあ、だれが一番よく書くか?私と皆と競争だ」
さっさと仕上げる子どもたち。トルストイは、まだ途中。
じゃあ先生、話の続きは、ああしたら?――注文をつける子どもたち。その詩的な想像力に、トルストイは舌を巻く。二人の男の子が夜まで残り、一緒に物語をつくりあげた。
「合作として発表しなければならないね」――トルストイがこう言った時の二人の子の喜び!
トルストイも興奮していた。彼は、子どもたちの中に、きらきら光る「宝」を見つけたのだ。
教育は「宝探し」のようだと彼は書いている。
トルストイが出した教育雑誌には、ゲーテの言葉が掲げられていた。
「進歩させると思っている、そのお前が進歩させられているのだ」(『ファウスト』)
この自由主義的な学校に、憲兵が目をつけた。ある日突然、乗り込んできて、学校は、ひとたび閉鎖に追い込まれた。
トルストイは猛然と怒った。「非常な屈辱」だ! 「私は逃げも隠れもしない」
〈ビリューコフ著『大トルストイⅠ』原久一郎訳、勁草書房から〉
民衆を抑圧する者。
民衆を賢く、強く、生き生きとさせる者。
トルストイの人生をかけた対決の序章であった。
彼は手紙に書いた。
「まわりの連中がみな悪人の場合は家にとじこもってはいけないし、自分ひとりいい子になろうとしてはいけない」(川崎浹訳)

自分自身が宝塔
一、人間を押しつぶそうとする力。それは今もある。管理社会。拝金主義。権力悪――。それらは人間を色分けし、分断し、小さくさせ、生きる力を奪おうとする。
しかし、どんな人も、限りない可能性を秘めている。無情の宝は自分自身の中にある。
日蓮大聖人は、門下の阿仏房に仰せである。
「阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり」(御書・阿仏房御書 1304ページ)
妙法を持(たも)った、自分自身が「宝塔」なのだ。自分の生命こそが「宝の集まり」なのだ。これさえ知っていればいいのだよ、と教えておられる。
自分自身の中にある無限の宝を引き出すのが、仏法なのである。

歴史をつくるのは偉大なる民衆
一、トルストイの創造のエネルギーは、34歳でソフィア夫人というよき伴侶を得て、本格的に「文学」へと向かった。夫人は献身的な応援を惜しまなかった。
体験に裏打ちされた思索を注ぎ込み、独自のスタイルを築きながら、トルストイは30代後半から41歳まで『戦争と平和』に打ち込んでいった。
物語の舞台は1812年のナポレオンのロシア遠征。ロシアでいう「祖国戦争」で、ナポレオン軍を撃退したのである。
この時の勝利の物語が多くの人々を熱中させてきたことを、トルストイは、よく知っていた。
『戦争と平和』のスケールは巨大だ。汲めども尽きない、深い泉のような名作である。
深く心に残る一場面がある。
ロシア軍とフランス軍の激しい戦闘の最中、アンドレイ公爵が戦場で倒れた。目に映るのは、ただ、高い空。
公爵は思った。
「何という静けさ、安らかさ、そして荘厳さ、さっきまで走っていたのとはまるで別世界だ」
「みんなで走ったり、喚いたり、争ったりしていたのとはまるで違う。フランス兵と砲兵が憎悪に燃えた、怯えたような顔をして洗桿(せんかん・砲身内を掃除する際に用いる棒)を引っぱり合っていたのとはまるで違う。この高い空、果てしもない空を流れる雲のたたずまいはまるで違う。どうしておれは今までこの高い空を見なかったのだろうか?しかしついにこれに気づいたおれは何と幸福であろう。そうだ! この無限の空以外のものは一切が虚妄(こもう)に過ぎない。この空のほかには何一つない。いや、それすらもなくって、あるのはただ静寂と平安だけだ。これでいいのだ!・・・」(北御門二郎訳)
愚かな戦争を、いつまで続けるのだ、人間たちよ――そう空が語りかけてくるようだ。
一、歴史の激流の中で、あまりにも小さな一人の人間。それを描きながらも、トルストイの筆致(ひっち)はじつに明るく力強い。
戦争ではなく、平和こそが人間のあるべき生活だ。生はすべてだ。生を愛せよ。生きることは素晴らしい!――彼がうたうのは、力強い生命の讃歌である。
最後のほうで、ピエールが、妻のナターシャに語る言葉は、そのまま世界へ呼びかけた。
「僕が言うのは、善を愛する人々よ、互いに手をつなごう、そして善の実践をもって我らの旗印としよう、ということなんだ」
「僕はただ、偉大な結果を生む思想というものは、すべて簡単なものだと言いたかっただけだよ。で、僕の思想というのは、もし悪人たちが団結して力をふるうならば、善人たちもそうしなければならない、ということなのだ。実に簡単じゃないか!」(同)
トルストイは虐(しいた)げられた民衆の偉大な底力を描いた。だから全世界の民衆の心を揺さぶった。
歴史をつくるのは民衆なのだ!――トルストイの叫びは永遠である。

何のために!
一、『戦争と平和』を書き上げるころのこと。
トルストイは、土地を買うため検分(けんぶん)しに出かけた。とても遠くで、5日もかかる旅だった。
長旅の途中、トルストイは、自分のしていることが、だんだん、むなしくなってきた。
――おれは、どこへ行くのか?何のために?
ある晩、恐怖に襲われた。それを後に『狂人の手記』に書いている。
「《いったい自分は、何と憂えているのだ、何を恐れているのだ?》『おれをさ』死の声が音もなくこう答えるのだった。『おれはここにいるよ』
ぞっとする寒さが私を総毛立たせた」(中村白葉訳)
トルストイは思った。――いずれは、「死」がやってきて、すべてが消滅するのに、こんなことをしていていいのか?
人生の意味を、根本的に見直さなくては!
そう切実に感じた。小説でうたい上げた理想をどう現実の人生の上で生きるのか――それを突き付けられたのである。
彼は、カントやショーペンハウエルなどの哲学書を読みふけった。絶対的幸福の軌道を真剣に探し求めた。

本当の幸福とは
一、人生の目的とは何か――幸福である。
では、幸福とは一体、何か――その内容は、人によって、さまざまであろう。
『戦争と平和』を執筆していたころから、トルストイは、2番目の兄セルゲイ、そして妹のマリアの結婚や家庭のために懸命に奔走した。しかし兄妹が本当に幸せになったのか。それはわからない。
セルゲイは当時、差別されていた民族の女性と結婚し、そのため世間から見捨てられた。マリアは家庭生活に恵まれず、結局、修道院に入った。
『戦争と平和』の後、45歳から49際まで執筆した『アンナ・カレーニナ』。そこには、純粋に、愛を求めたゆえに、不条理な社会につぶされる悲劇が描かれる。
この長編が書かれた背景には、トルストイ自身と兄妹の人生の葛藤があったのである。
あらゆる幸福も、名声も手にしていた主人公のアンナ。夫との微妙な心のすれ違いから、彼女の家庭は壊れていく。
幼い最愛の息子とも引き裂かれる。息子の誕生日に、ひそかに会いにいったアンナは、あふれる涙で胸がつまり、用意してきたオモチャを渡すことさえ忘れてしまう。息子は、なぜだかわからなかったが、大好きな母が不幸であり、苦しんでいると感じるのだった。
愛を歪めていく社会。心ない偏見。アンナは、本当の幸福を求めながら、かえって、すべてを失っていく。
一、さらに、『アンナ・カレーニナ』の最終章で、はた目には幸福の絶頂に見える家庭の主人、レーヴィンが自らに問いかける。
「一体、私は何者であるか? なぜ、ここにこうしているのか?を知ることなしに生きて行けるものではない。ところが、それを知ることができない。つまり生きて行けないわけだ」(北御門二郎訳)
彼は、生きる意味が、わからなくなった。自殺寸前の崖っぷちで、どうにか踏みとどまる。
アンナも不幸であった。しかし、愛情に包まれたレーヴィンも、幸福ではなかった。では、幸福は、どこにあるのか。
この難問に答えを与えたのは、一人の農民の言葉であった。
「魂のために生きよ!」
民衆との対話をきっかけに、レーヴィンは信仰に目覚めていく――。
人間を探究し抜いたトルストイの歩みは、ついに宗教へと向かうのである。

2002年12月16日 聖教新聞掲載
最終更新 2009年 7月 14日(火曜日) 14:02
 

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